CREATIVE LIFE ~今ここを生きる~ 0=∞=1

自分を決めつけるがんじがらめの人生から、常に今ここ再出発できる CREATIVE LIFEを創っていきましょう

母の祥月命日に寄せて

初めて三菱一号館美術館を訪れました。

建物から趣があり素敵な場所でした。

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今日は、

10月18日の母の祥月命日に寄せて

お花を贈りたいと思います。

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『花瓶にいけられた薔薇』ルノワール

 

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『グラン・ブーケ 大きな花束』オディロン・ルドン

 

これは買ってきた絵葉書を撮りました。

 

最近やたら母のことを思い出すと思ったら

祥月命日が近づいていたのですね。

母が亡くなってからもう14年になります。

 

昨日気が付いたのです。

私は母の人生を憐れんでいると。

 

それは、

母は自分のことはいつも後回し、

家族のために尽くした人生だったから。

姑との確執も我慢して、介護もやって

最期は自分が病の床に伏し、

痛く苦しい思いをしながら晩年を過ごし

この世を去りました。

 

母はもっと違う人生を生きたかったのではないだろうか

 

聞いたことのない問い、

私の中で出した答え。

 

「母の人生は哀れだ」と。

 

母には感謝しかないけれど、

私の中には、

「人のために尽くすなんて損することだ」

という思いこみが生まれたよう。

 

それに昨日気が付きました。

 

だからなのか

私は誰かのために何かをする時に、

自分の時間と労力を使うことは損なように思えて

相手から感謝の言葉などフィードバック(お返し)が無いと

怒りすら出るのです。

 

母は怒っていたのでしょうか。

家族にわかってもらえず、怒り、寂しさ、諦めを

無意識ではずっと感じていたのかもしれません。

それが病気にさせたのだと思えてなりません。

 

ですが。

 

今日、気づいたのです。

 

母の人生が哀れだなんて。

それは勝手な私の思い込みだと。

 

母の晩年、父は毎日母の病室を訪れ、

最期の一年はずっと病室に寝泊まりしていました。

頑固な父と口喧嘩することもあった母ですが、

献身的な父の看病にすっかり頼って、

いつも「お父さん、お父さん」と

父のことを呼んでいました。

 

それで母が幸せだったかといえば

それも私の思い込みかもしれませんが。

 

母の人生を憐れんで、

私の人生に母の人生をオーバーラップさせ

勝手にシンクロさせるのはもうやめようと思いました。

 

私は母から受け取った愛を

ただ素直に周りに渡していけば

ただそれだけでいいのではないかと。

 

そこには

GIVE & TAKEだとか

不公平だとか

損するとか

そんなことはいらない。

 

もういい加減

自分自分自分自分自分自分

を卒業しないと。

 

この一連の気づきが生まれたのは、

感情手術ワークというものをここ2か月やってきたからです。

nTechが開発した感情手術

自分の根深いパターンを見ることができます。

自分の人生で繰り返しているパターンはありませんか?

何気ない外的刺激に対して生まれる感情・思い・考え・心のつぶやき

それを観察していくと、、、

自分にどんな判断基準があるのか見えてきます。

 

私の繰り返している人生パターンは、

GIVE & TAKE 

だった!

与えた量と同じ量が返って来ないと不満!

素晴らしい。。

 

 

長文お読みいただき有難うございました。